行政書士田中建太郎が生まれるまで③

というわけで、小学校5年生くらいから始まった反抗期。

その調子で中学校に入学しますが、おもいっきりレールから外れる勇気もありませんのでしぶしぶ全員入れと命じられる部活のうち一番楽そうだった卓球部に入ります。

ところが、はたからみて一番楽そうに見えた卓球は、わりかししんどいスポーツでもありましたし当時はいまほど卓球人気もなかったので、掃きだめのような部活でした。

上の学年には不良も多く、反抗的で生意気なワタクシは、先輩によく締めあげられておりました。

さらに、厳しめの教師もおりまして、命令口調であれやれ、これやれも気にくわない。

なにもかも気にくわないので、部活をサボることで対抗。

それでまた𠮟られるという悪循環です。

 

今となっては余計なことにずいぶんとエネルギーを使っていたなあと思いますがどうも反抗期というのはホルモンバランスが崩れたり子供から大人へ、庇護される存在から自立する存在へと、社会的役割を変更させられる過程での自我の確立に必要なのかもしれませんね。

 

とはいえ、偉そうな人間が嫌いなだけで友達とは遊んでおりました。

当時は、友達から横山光輝版三国志全60巻を借りて三国志にはまってその後はスーパーファミコン版三国志3を買ってもらって延々やっておりました。

 

早いシナリオの劉備陣営には軍師らしい軍師がおらず、知力が80いくつくらいの関羽が軍師なんですがこの知力だと助言がまったくあたらず、知力95以上の助言があたる軍師を得たときは徐庶を得た時の劉備の嬉しさがわかったものです。

 

明日へ続く

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