行政書士田中建太郎が生まれるまで⑤

高校受験という初めての人生の選択を迎えた私が選んだ選択肢は、③たいして努力しなくてもこのまま成績を落とさなければ入れそうな木更津高校。

 

なぜかという努力したくなかったためです(笑)

公立高校に落ちちゃうと、私立高校に行くしかないんですが当時私が受けた私立高校は、レベルの高い渋幕とレベルがそこそこの市原中央でした。

そして渋幕はとても歯が立たず、市原中央しか受かりません。

 

親としては費用の高い私立高校よりは比較的安い公立高校に行ってほしいのは当然です。

それでも渋幕くらいの優秀な私立高校であれば高い学費払っても投資対効果は高いかもしれませんが市原ののどかな私立高校ではやはり投資対効果はイマイチです。

 

となると公立高校に合格するしかないんですが、ちょっと背伸びしたら届くかもという②の高校はもしかしたら落ちるかもしれません。

確実とまではいかなくても、合格圏内間違いなしという③の選択肢のほうが安心して受験できると判断したんですね。

 

しかしながら当時の塾の講師は私の選択に不満たらたら。

「努力を放棄して楽な選択肢を選び続けたら人生落ちるところまで落ちちゃうぞ。水は低きに流れるんだ。楽な道を選ぶんじゃない。」となんとかワタシを翻意させて②の千葉東高校への受験へ促そうとして参ります。

 

確かに大人になった今なら、まったくその通り。正しいアドバイスと感じますが、当時のひねくれたガキであるワタシにはまったく響かなかったです。

「塾の合格実績に、偏差値が高い高校の合格者数を増やしたいだけでしょ。あんたの成績のためになんで俺が余計な努力をしなきゃいけないんだよ。大きなお世話だよ」と断ってしまいます。

しかもこれ内心だけじゃなくて塾講師に、そのまま伝えましたからね。とんでもなく性格が悪いガキです。

もしこれが自分の子供だったら鉄拳制裁ですよ。

 

 

というわけで、厳しい道と楽な道があると楽な道を選びたがる中学生は、無事に木更津高校に入学いたしまして、高校では楽な道を選んで、塾にもいかず、部活もせずダラダラダラダラ過ごしていくわけです。

 

明日に続く。

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